子どもの成長を祈る夫婦岩

七夕岩祭り

 

八月は日本全国で先祖を迎え、ともに時間を過ごすお盆行事があります。

明治6年以後、日本はグレゴリオ暦(新暦)に変わりました。しかし、飛騨では年間を通し、旧暦の習慣が残っています。正確な旧暦通りではありませんが、節分、節句、七夕などは新暦の一ヶ月遅れで行われています。

七夕はお盆(旧暦7月15日)に入る前盆行事として旧暦7月7日に行われていました。現在、日本のほとんどの地域では、七夕を新暦7月7日に行いますが、飛騨地域での七夕は8月7日。その頃になると、町並みや各自宅の前に竹が飾られ、願い事を書かれた短冊や飾りを付け、鮮やかな道なりに変わります。

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高山から二キロほど離れた松之木町には、 通称、七夕岩と呼ばれている一対の岩山があります。片方を雄岩(おとこいわ)、もう片方を雌岩(おんないわ)、一対で夫婦岩として崇められています。

雄岩
雄岩
雌岩
雌岩

その七夕岩を舞台に8月7日の前日の夜、「七夕岩祭り」が行われます。 一週間前に地域の方は10メートルの 縄を25本作り用意します。通常、神行事では左ない縄を使用しますが、七夕岩祭りでは右ない縄をないます。雄岩から雌岩までは直線距離で80メートルほどですが、縄のたるみやつなぎ目、岩に巻き付ける縄も含めると10メートルの縄を12本使用します。

 

8月6日午後から松之木町内会の人たちが岩の麓に集まり、雄岩、雌岩それぞれに縄を運びます。そして、雄岩には7巻、雌岩には5巻し、下の道路では飾り提灯と藁馬と糸巻きを吊るし、夕刻の祭りに備えます。

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七夕岩祭りは、子どもたちの健やかな成長を祝う意味もある儀式。その年に男の子が生まれた家では藁馬を作り、女の子が生まれた家では糸巻きを作り、このしめ縄に吊すことを習慣としていました。

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1980年以前は、縄が自然に切れるまで放っておき、切れ方や切れる時期でその年の豊凶を占っていました。過去には、一年間切れない年もあり、二本の縄が並ぶことは豊作を表し、人々は喜んだと言います。1980年、 七夕岩の真ん中を通る木曽街道が国道となり、交通量の増加に伴い縄が車に落ちる危険性を考慮し、現在は一ヶ月後に縄を取り外されるようになりました。

松ノ木橋建設の年、安全上の理由で縄あげが中止されると、その年に集落の子どもが水死するという事故が起き、翌年に復活したというお話を聞きました。また、1745年七夕岩を松ノ木集落と隣の集落で、雌岩の土地の所有権をめぐって山論が起き、その年は縄を張ることができず、そのことが災いしてか稲の害虫が大発生したという噂も語り継がれていました。

 

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日が沈む頃、縄に吊るされた飾り提灯の蝋燭に火が灯り、国道も通行止めにし、「大注連縄上げ」が始まります。ホラ貝の音が響いた後、集まった全員でテンポ良く「よっこいしょ」とかけ声をかけます。その声に合わせ、雌岩から10名くらいの男性で引き上げます。あげる所要時間は10分程度。上空に提灯と藁馬と糸巻きがゆらゆら揺れ、幻想的な風景になります。

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夫婦岩は日本各地にある磐座信仰の一つであり、二つの岩を縄でつなぐことによって、そこに神様が鎮座していることを表象しています。子孫繁栄、祖霊信仰を祈る夫婦岩は、先祖があの世からこの世へ帰ってくる時期、太古から未来に続く家族の絆を認識する儀式として、今も大切に行われています。

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