先祖を迎える「ごしょうらい」

高山と飛騨古川の丁度真ん中に位置する飛騨国府では、お盆の時期、変わった風景「ごしょうらい」を目にします。

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一般的に「ごしょうらい」は、日本の盂蘭盆会(うらぼんえ)のひとつ。お盆にご先祖様の霊があの世から帰ってくるとされるので、それらを迎える、または招く迎え火のことを言います。他の地域では「おしょうれい」「おしょうらい」と呼ばれたり、「お招霊」と書かれたりします。また、ご先祖様の霊を「お精霊さん(おしょうらいさん)」と親しみを込めて呼び、お盆の期間は家族と一緒に過ごします。

 

国府町荒城川流域で、こども会中心になって行われる行事「ごしょうらい」は、八月十日を過ぎた頃から、荒城川流域の九つの集落で飾れる富士山型の提灯のこと。集落によって、高さや大きさの決まりは異なりますが、約五メートルの「ごしょうらい」は、遠くからもはっきりと見ることが出来ます。ご先祖様がこの世へ帰ってくる時に迷わないようにと明かりを灯す「迎え火」、道に迷わずあの世へ帰れるように灯す「送り火」と、丁度意味は同じなんだそうです。

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現在、日本のわずかな地域を除いて八月十三日から十六日にお盆行事を行っていますが、この地域では、昭和四十三年まで、九月一日からの三日間をお盆としていました。一日の午前中には三日分の家畜のえさとして草を刈り、この地区のごちそうの一つ「朴葉餅」を作りました。一日の午後から仕事を休め、家族全員でお墓参りをしたと言います。

国府町西門前集落では、一日の夕方から秋葉様(秋葉神社)に集まり、神社に果物をお供えした後、全員で朴葉餅を食べたり、花火をしたりしました。また、お盆の始まりと終わりの合図としてほら貝を吹いていました。終わりのほら貝の時は、「また来年もござれ」と口を合わせて言ったといいます。

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「ごしょうらい」の起源は定かではありませんが、「国府町史」によると、大正十年までは「七夕のホウガン」(盂蘭盆会の前行事)にて、富士山型に提灯を吊るした「七夕飾り」がありました。富士山型に提灯は、「七夕飾り」から「ごしょうらい」に転じたのかもしれません。

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現在は赤く丸い提灯を40個から50個吊るしますが、昔は直方体の木枠に白い和紙を貼った提灯(前回のマガジン「七夕岩祭り」の提灯と同じもの)を吊るしていたそうです。昭和50年頃から電球を灯すようになりましたが、電球が普及していない昔は、蝋燭に火を灯していました。風で提灯が揺れ、 縄に火が燃え移ってしまったこともあったそう。また、 他の集落の蝋燭の火を消したり、縄を切ったりという子どもたちのいたずらもあり、そのために見張りをしていたという話しもありました。「ごしょうらい」の終わりに、提灯を荒城川に流す精霊流しをしていた集落もありました。

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現在は、九つの集落の「ごしょうらい」の他に、2001年から大型の「ごしょうらい」を安国寺山と金桶山に飾るようになりました。子どもたちの成長と先祖への感謝の気持ちを込め、有志によって続いています。 十数キロ離れたところからも見ることができ、京都の精霊送りで有名な「五山送り火」を想起させます。

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細かい風習はなくなった今でも、富士山型の「ごしょうらい」は、お盆の期間にあの世とこの世をつなぐ道を照らしています。祖先や子孫の繋がりを大切にする日本ならではの行事です。