春の訪れを待つ ‘赤カブラ’

冬の間、収穫は少ない飛騨では、昔から「漬け物」を貴重な保存食として大切にしてきました。

 

12月から3月まで約4ヶ月間、雪深い飛騨では、一切の野菜がなくなります。11月に収穫できる大根や蕪(カブ)、白菜を漬け物にします。流通の発達した今では「漬け物」は食事の脇役ですが、飛騨では冬の間はご飯のおかずであり、冬が始まる前に漬け込み、毎日欠かすことなく食べていました。そのために、昔は、各家の北東、日が差し込みにくい方角に漬物部屋がありました。

nakatani

 

越冬をした春先に、酸っぱく発酵した漬け物を飛騨では「ひね漬け」と言います。捨てるのはもったいないという気持ちから、油で炒めたり煮たりして、食べられる工夫をしてきました。鉄板の上で卵と一緒に、油やバターで炒めて料理する「漬け物ステーキ」や、赤カブの長漬け(葉を切らずに一緒に漬けた赤カブ)を、塩抜きをしたあとに醤油・酒・砂糖で甘辛く煮た「煮たくもじ」は、飛騨の代表的な郷土料理です。「くもじ」は飛騨弁で「漬け物」という意味なので、「煮たくもじ」は「煮た漬け物」という意味になります。

tsukemonostake
漬物ステーキ

 

漬け物は、味噌のように各家庭で作られてきました。漬ける家庭の数だけ、味の種類がありそうです。その中で、飛騨を代表する漬け物として、お土産としても並ぶ漬け物は「赤カブラ」の漬け物。「カブ」のことを飛騨弁で「カブラ」と言います。一般的に、日本の「カブ」は白いカブが有名ですが、飛騨では「カブラ」と言えば、昔から赤いカブのこと。品種では「飛騨紅丸カブラ」や「種蔵赤カブラ(別名:種蔵紅)」「開田カブラ」「石徹白カブラ」などがあり、それぞれ形や色が異なります。飛騨高山にて最も一般的なものは「飛騨紅丸カブラ」。高山市丹生川町で室町時代から作られている「八賀カブラ」が「飛騨紅丸カブラ」の原型だと言われています。

turnip

「飛騨紅丸カブラ」の茎葉は緑なのに対し、「種蔵赤カブラ」の茎葉には赤い色素が見て取れます。茎葉と一緒に漬ける「種蔵赤カブラ」は、春先には深く濃い赤の色に仕上がります。また、「飛騨紅丸カブラ」よりも、固く歯ごたえがあることが特徴です。

 

 

飛騨市宮川町種蔵
飛騨市宮川町種蔵

「種蔵赤カブラ」は、飛騨市宮川町種蔵の集落で作られた「カブラ漬け」。種蔵には、焼畑に適した傾斜地があり、焼畑によるカブの栽培がありました。現在では焼畑は行っていませんが、 数少ない家々で作られています。

左は飛騨紅丸カブ、右が種蔵赤カブ

 

8月下旬に種を撒き、11月上旬に収穫をします。収穫したその日か翌日には丸洗いをし、漬物樽の中にカブと塩を交互に何層にもして漬けていきます。調味料 は塩だけで、カブの甘味を引き出します。

塩は、初雪が降る景色のように振りかけます。塩の加減で味が変わります。また、漬物石の重さで、出来上がりの固さが変わります。最近では、歯が悪い人が多い故に柔らかい漬物を好む人が多く、固くならないように軽い石を乗せるのだそうです。

011A9197

 

漬けた翌日、翌々日に食べられる白菜の漬け物や、2、3週間後に食べられます大根の漬け物とは違い、「カブラ漬 け」は約4ヶ月間は樽の中、春先まで蓋を開けることがありません。

「あの山の雪が解けた頃が食べ頃だと、お義母さんから教わった」と、遠くに見える山を指しながら種蔵に住む中谷さんは言います。漬け物は、その家のお母さんの仕事。お義母さんが現役で漬けている時は、嫁は手出しをしてはいけず、遠目から漬け方を見て、春先には味を覚えていました。中谷さんが漬け始めたのは、お義母さんが老人ホームに移り、家を空けざるを得なくなってからなのだそうです。漬け始め、カブから塩分から出始める一週間後に、一度だけ蓋を開け、表面を平に直します。それから春までの約4ヶ月は、揺らしても触れてもいけません。開けるまで、出来上がりはわかりません。春先に切って、中が黒ずんでいると失敗で、泣く泣く一樽全部捨てたこともあったといいます。

nakatani-san

 

漬け物の出来上がりを待ちながら、春の訪れを待つ時間は、その土地ならでは過ごし方。保存料を使っていないので、蓋を開けたら家族分以外は、ご近所に分け、なるべく早く食べます。自然の色を活かした「赤カブラ」は、小さな集落のみで守ることが出来、暮らす人だけが味わえる土地の味であり、各家々で味が異なるおふくろの味なのでしょう。

011A9975